実力派俳優として数多くの映画やドラマで活躍している滝藤賢一さん。
『半沢直樹』『孤狼の血』『麒麟がくる』『グレースの履歴』など話題作への出演が続き、その高い演技力から「カメレオン俳優」とも称されています。
そんな滝藤賢一さんについて、「出身高校はどこ?」「学生時代はどんな人物だったの?」「もともと映画監督を目指していたという話は本当?」と気になっている人も多いのではないでしょうか。
滝藤賢一さんは、高校時代に映画への情熱をさらに深め、将来は映画監督として映画業界で活躍したいという夢を抱いていました。
しかし、その後さまざまな経験を重ねる中で俳優という仕事に魅力を感じ、現在では日本を代表する演技派俳優の一人として高く評価されています。
この記事では、滝藤賢一さんの出身高校や学歴、学生時代のエピソード、映画監督志望から俳優へ転向した経緯まで詳しく紹介します。
滝藤賢一の出身高校は愛知県立天白高校

滝藤賢一さんの出身高校は、愛知県名古屋市にある愛知県立天白高等学校です。
名古屋市内にある県立高校として知られ、部活動にも力を入れている学校で、多くの卒業生を輩出しています。
滝藤賢一さんにとって高校生活は、現在の俳優人生につながる大切な3年間でした。
高校ではバスケットボール部に所属
高校ではバスケットボール部に所属し、仲間とともに練習に励んでいました。
当時は『SLAM DUNK』の人気もあり、バスケットボールに熱中する高校生が多かった時代です。
滝藤賢一さんもスポーツを通じて体力や協調性を養い、充実した高校生活を送っていたとされています。
現在でもドラマや映画で見せる自然な所作や身体表現には、学生時代に培った運動経験が生かされているのかもしれません。
高校時代からファッション好きとして知られていた
滝藤賢一さんは、高校時代からおしゃれに強い関心を持っていました。
アルバイトで稼いだお金の多くを洋服代に充て、古着や個性的なアイテムを取り入れながら、自分らしいファッションを楽しんでいたそうです。
現在でも芸能界屈指のおしゃれ好きとして知られていますが、その原点は高校時代にありました。
役柄ごとに衣装の着こなしや雰囲気づくりにもこだわる姿勢は、若い頃から磨いてきた美意識が影響していると考えられます。
映画との出会いが将来を決めた
高校時代になると、滝藤賢一さんは映画への情熱をさらに深めていきます。
北野武監督や塚本晋也監督の作品に強い影響を受け、「自分も映画を作る仕事がしたい」という思いを抱くようになりました。
また、海外作品にも数多く触れ、映像表現の奥深さや監督ごとの世界観に魅了されたといいます。
当時は俳優ではなく、映画監督になることが目標でした。
そのため、高校卒業後は大学へ進学する道ではなく、映画制作を学べる専門学校へ進む決断をしています。
この決断が、後に俳優・滝藤賢一として活躍する人生の大きな第一歩となりました。
滝藤賢一の学歴と出身小学校や中学校

滝藤賢一さんは愛知県名古屋市出身です。
出身小学校については公表されておらず、校名は明らかになっていません。
ただし、名古屋市内の公立小学校に通っていた可能性が高いと考えられています。
幼い頃から映画を見ることが大好きで、テレビ放送やレンタルビデオを利用して数多くの作品に触れていました。
この頃に育まれた映画への興味が、その後の進路を決定づける大きなきっかけとなります。
出身中学校は名古屋市立藤森中学校とされる
出身中学校は名古屋市立藤森中学校と紹介されています。
ただし、本人が正式に公表した情報ではないため、あくまでも広く伝えられている情報として捉える必要があります。
中学生になると映画への興味はさらに深まり、海外作品や日本映画を幅広く鑑賞するようになりました。
映画を通じてさまざまな価値観に触れた経験が、現在の豊かな表現力にもつながっているのかもしれません。
高校卒業後は映画系専門学校へ進学
高校卒業後は一般的な大学には進学せず、映画制作を学べる専門学校へ進学しました。
学校名は公表されていませんが、映画監督になるという夢をかなえるため、映像制作や演出について学んでいたとされています。
なお、放送大学を卒業したという情報もありますが、卒業時期などの詳細は明らかになっていません。
公表されていない情報については、憶測ではなく事実に基づいて確認することが大切です。
滝藤賢一の学生時代と映画監督志望だった過去

滝藤賢一さんは学生時代、「映画を作る側として活躍したい」という夢を持っていました。
そのため専門学校では映画制作を学び、実際の撮影現場にも携わっています。
しかし、制作現場を経験する中で、演技を通して人物を表現する俳優という仕事に大きな魅力を感じるようになりました。
当時は、家業を継ぐ気はさらさらなくて、とりあえず興味のある映画の世界で活躍したいと漠然と考えていたと思う。北野武監督やタランティーノ監督の作品のように、自分で撮って出演するスタイルに憧れていました。東京に上京して映画の専門学校に入学したものの、授業に出席した回数は数えられるほど(笑)。映画館を渡り歩いて、毎日2〜3本は観てましたね。転機となったのが、19歳のときに初めて撮影に参加した映画『バレット・バレエ』。キャスト・スタッフ問わずに応募したらキャストで採用していただいて。それはうれしかったですよ。でもいざ演じてみたら、地に足がつかず、セリフもまともに言えない。演技の難しさを思い知り、本格的に学びたいと思ったんです
出典:MEN’S NONNO
無名塾で俳優としての基礎を学ぶ
俳優を本格的に目指すことを決意した滝藤賢一さんは、仲代達矢さんが主宰する無名塾へ入塾します。
無名塾では発声や身体表現だけでなく、礼儀や舞台での立ち居振る舞いなど、俳優として必要な基礎を徹底的に学びました。
厳しい稽古の日々が続きましたが、その経験は現在の高い演技力の土台となっています。
約15年の下積みを経てブレイク
無名塾で学んだからといって、すぐに俳優として成功したわけではありません。
アルバイトを続けながら舞台や映画、ドラマへ出演し、小さな役でも真剣に向き合う姿勢を貫いてきました。
その努力が実を結び、『クライマーズ・ハイ』などで注目を集めます。
さらに2013年放送の『半沢直樹』では近藤直弼役を演じ、繊細な演技が高く評価され、一躍全国区の俳優となりました。
映画監督を目指して学んだ経験は、作品全体を俯瞰して考える現在の演技にも生かされているといわれています。
まとめ
滝藤賢一さんの出身高校は愛知県立天白高等学校です。
高校時代はバスケットボール部で汗を流しながら、映画やファッションにも強い関心を持ち、将来は映画監督を目指していました。
高校卒業後は映画系専門学校で制作を学びますが、その経験を通じて俳優という仕事に魅力を感じ、無名塾で本格的に演技を学びます。
その後は長い下積み生活を経験しながら実力を磨き、『半沢直樹』をきっかけに多くの人に知られる存在となりました。
学生時代に映画と真剣に向き合った経験や、夢に向かって努力を続けた姿勢こそが、現在の滝藤賢一さんの確かな演技力を支える原点といえるでしょう。

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