中司宏の大学・出身校は?早稲田大学第一文学部までの学歴と学生時代!新聞記者から政治家になるまで

日本維新の会の政治家として活動し、枚方市長や大阪府議会議員などを歴任してきた中司宏さん。

長年にわたって大阪・枚方を政治活動の拠点としてきましたが、政治家になる前には新聞記者として中央政治を取材していた経歴があります。

「中司宏さんの大学はどこ?」「高校や中学校などの出身校は?」と気になっている人も多いのではないでしょうか。

また、早稲田大学でどのような学生時代を過ごし、なぜ新聞記者から政治家になったのかも気になるところです。

そこで今回は、中司宏さんの大学・出身校をはじめ、学生時代や新聞記者から政治家になるまでの経歴について、確認できる情報をもとに紹介します。

目次

中司宏の大学は早稲田大学第一文学部

出典:毎日新聞

中司宏さんの出身大学は、早稲田大学第一文学部です。

1956年3月11日に大阪府枚方市で生まれ、地元で学生生活を送った後、大学進学を機に東京の早稲田大学へ進みました。

現在の早稲田大学には「第一文学部」という名称の学部はありませんが、中司さんが学生だった当時には存在していました。

中司さんの大学時代を知るうえで注目したいのが、環境問題への関心です。

本人の過去の発言によると、学生時代にレイチェル・カーソンの著書『沈黙の春』を読み、環境問題に関心を持つようになったとされています。

さらに、大学では自然農法の研究会に参加していたことも本人が明かしています。

後の新聞記者や政治家としての経歴からは政治一筋という印象を受けるかもしれませんが、大学時代には自然や農業にも目を向けていたことが分かります。

中司宏の出身校と学生時代

出典:共同通信

中司宏さんは大学だけでなく、小学校から高校までの出身校についても公表されています。

幼稚園はうみのほし幼稚園、小学校は枚方市立殿山第二小学校です。

その後、枚方市立第三中学校へ進学しました。

中学校までは、生まれ育った大阪府枚方市内で過ごしていたことになります。

高校は大阪府立寝屋川高等学校へ進学しました。

枚方市から隣接する寝屋川市の高校へ進み、その後は東京の早稲田大学第一文学部へ進学したという流れです。

高校時代の部活動や詳しい学校生活については、確認できる公開情報が限られています。

そのため、具体的な部活動や交友関係などについては、根拠のない推測を避けて見る必要があります。

一方、早稲田大学時代については、前述した『沈黙の春』との出会いや自然農法の研究会への参加が本人の発言から確認できます。

こうした学生時代の経験は、中司さんの若い頃の関心を知るうえで興味深いエピソードといえるでしょう。

中司宏が新聞記者から政治家になるまで

出典:信濃毎日新聞

早稲田大学第一文学部を卒業した中司宏さんは、1979年4月に産経新聞社へ入社しました。

最初から政治家を職業としていたわけではなく、社会人としてのスタートは新聞記者だったのです。

京都支局で勤務した後、東京本社政治部へ異動。

政治部記者として中曽根康弘首相の首相番を務めたほか、自民党の田中派や竹下派などを担当しました。

総理官邸や自民党を取材する立場となり、1980年代の中央政治を間近で見る経験を積んだことになります。

本人は政治家を志したきっかけについて、政治部記者としての取材を通して政治のダイナミズムに触れたことが大きかったという趣旨の説明をしています。

政治を取材する側から、自ら政治を担う側へ進むことになったのです。

そして1987年、大阪府議会議員選挙に自民党から立候補し、31歳で初当選しました。

1979年の新聞社入社から、およそ8年後の政治家への転身でした。

その後は大阪府議を務め、1993年には衆議院議員総選挙に挑戦。

この時は当選に至りませんでしたが、1995年には無所属で枚方市長選挙に立候補し、39歳で初当選しました。

こうして経歴をたどると、大学卒業後すぐ政治家になったのではなく、新聞記者として政治を取材した経験が政治家を志す重要なきっかけになったことが分かります。

まとめ

今回は、中司宏さんの大学・出身校、学生時代から新聞記者を経て政治家になるまでの経歴について紹介しました。

中司宏さんの出身大学は早稲田大学第一文学部です。

出身高校は大阪府立寝屋川高等学校、中学校は枚方市立第三中学校、小学校は枚方市立殿山第二小学校となっています。

早稲田大学時代には『沈黙の春』を読み、自然農法の研究会にも参加していたことを本人が明かしています。

大学卒業後は産経新聞社に入り、京都支局を経て東京本社政治部で中央政治を取材しました。

その経験を経て1987年に大阪府議会議員へ転身し、その後は枚方市長などを務めています。

「枚方で育つ→寝屋川高校→早稲田大学→新聞記者→政治家」という歩みを見ると、中司宏さんの学歴と政治家になるまでの経緯が分かりやすくつながります。

橋下氏は「規制改革というのは維新の看板中の看板ですからね。ただ大阪で実行できたけど、国会議員がやるのは初めてですから、どこまでできるのか実績上げれば評価は高まるし、ダメだったら評価は下がる。責任を負うということです」と解説。

 中司氏について「元(大阪の)枚方市長で行政に明るいです。ただ2007年に談合罪で有罪判決が出ています。僕は、お金に絡んでいないので、いろんな考え方ありますよ、選挙踏まえて有権者がOKを出したんであれば、いい。これね、高市さんが本当に中司さんを任命したら、まさに能力主義。過去に有罪判決があっても。それが収賄罪とか、談合罪もダメだけど、お金に絡んでないことだったら一回選挙でみそぎを済ませてるんだからいいじゃないかってのは、裏金議員たちも閣僚任命する。批判があるかもしれないけど、高市さんとしては一貫しているな」と評した。

出典:東スポWeb

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