お笑いコンビ「ずん」のボケ担当として人気を集めている飯尾和樹さん。
現在ではロケ番組やドラマでも活躍し、独特の“脱力系キャラ”で多くの視聴者から愛されています。
そんな飯尾和樹さんについて、「どこの高校出身なの?」「学生時代はどんな性格だった?」と気になる人も多いようです。
この記事では、ずん飯尾和樹さんの高校や学生時代の性格、野球少年だった頃のエピソードを詳しく紹介します。
さらに、芸人を目指した理由や「ずん」結成までの歩みもまとめました。
ぜひ最後までご覧ください。
ずん飯尾和樹の高校はどこ

飯尾和樹さんの出身高校は、東京都目黒区にあった東京学園高等学校です。
東京学園高校は私立の男子校として知られ、スポーツにも力を入れていた学校でした。
残念ながら2018年に閉校していますが、多くの著名人を輩出した学校でもあります。
卒業生には、真島茂樹さんや品川祐さんなどもいます。
飯尾和樹さんは高校時代、バレーボール部に所属していました。
中学までは野球に打ち込んでいましたが、高校では新たにバレーボールを始めたそうです。
また、高校時代はバブル期でもあり、当時は「公務員になりたい」と考えていたといいます。
理由は、両親が公務員で安定した家庭環境に憧れていたからでした。
現在の穏やかで落ち着いた雰囲気は、家庭環境の影響も大きかったのかもしれません。
ずん飯尾和樹の学生時代の性格

現在の飯尾和樹さんといえば、優しく空気を和ませる芸風が印象的です。
実はその性格は、学生時代から形成されていたと言われています。
飯尾さんは東京都世田谷区で育ち、幼少期は家族から非常にかわいがられて育ちました。
長男であり、さらに初孫だったことから、家族みんなの愛情を受けていたそうです。
本人は幼少期について、「転ばないで帰ってきただけでヒーロー扱いだった」と語っています。
この頃から、周囲を和ませる天然キャラの片鱗があったのかもしれません。
一方で、学生時代にはコンプレックスも抱えていたそうです。
天然パーマや厚い唇、顔の大きさなどを気にしていたと明かしています。
しかし、芸人の世界に入ったことで「コンプレックスも笑いに変えられる」と前向きに考えられるようになったそうです。
人を傷つけない優しい笑いは、学生時代の経験から生まれたのでしょう。
ずん飯尾和樹の野球少年時代と芸人になるまで

飯尾和樹さんは、小学3年生から野球を始めています。
しかも、かなり本気でプロ野球選手を目指していたそうです。
当時の夢は、早稲田大学へ進学し、ドラフト3位でヤクルトに入団することでした。
現在の“ほんわかキャラ”からは想像できませんが、子どもの頃は熱血なスポーツ少年だったのです。
中学校でも野球部に所属していましたが、途中で「自分には才能がない」と感じて野球を辞めています。
この経験が、後の芸風にも影響していると言われています。
「デッドボールかフォアボールしかない」と考えた飯尾は「手元を狂わすしかない。ピッチャーの」と、ある作戦を実行した。「わたくしが考えた作戦が変顔作戦ですね。ピッチャーに対して」。つまり変顔をして投手を笑わせ、コントロールを乱そうという作戦だ。
するとこの作戦が功を奏し、ボールが2球続いたという。「アゴ突き出すと手元狂うんだなと思って、アゴを突き出す。しゃくれてね」。しかし、これが思わぬ事態に発展した。「(主審が)『ボール』つった瞬間に一塁の審判が『タイム。君!』つって。『ちょっと、マジメにやんなさい!』」。主審からは見えなかったが、一塁塁審には変顔をしてるのが見えたため、注意を受けてしまったのだ。
塁審から「君、ちょっと顔、あれでしょう? おかしいぞ」と言われ、飯尾は「そうですか? 緊張したのかな」とごまかしたという。そこで次の球は「アゴ突き出すの、ちょっと軽めにしてウインクかなんか」と片目をつぶったが、その瞬間、塁審は「タイム。退場!」と叫んだという。
出典:東スポ
飯尾さんは、前に出て大声で笑いを取るタイプではありません。
自分の立ち位置を理解し、“間”や“空気感”で笑わせる独特のスタイルを築きました。
野球を辞めた経験によって、自分を客観視する力が身についたのかもしれません。
高校卒業後は大学へ進学せず、お笑いの道へ進みました。
母親は反対したそうですが、父親は背中を押してくれたそうです。
その後、浅井企画へ所属し、1991年に芸人デビュー。
コンビ解散やピン芸人時代など長い下積みを経験しました。
そして2000年に、やすさんと「ずん」を結成します。
当初は大ブレイクには至りませんでしたが、徐々にロケ番組やバラエティ番組で注目されるようになりました。
50代で大ブレイクした“遅咲き芸人”として、多くの人から共感を集めています。
まとめ
今回は、ずん飯尾和樹さんの高校や学生時代について紹介しました。
飯尾和樹さんの出身高校は、東京学園高等学校です。
学生時代は野球やバレーボールに打ち込みながら、さまざまなコンプレックスとも向き合っていました。
そして、その経験が現在の“優しく人を傷つけない笑い”につながっています。
長い下積みを経て50代で大ブレイクした背景には、学生時代から積み重ねてきた経験があったのかもしれません。
今後も飯尾和樹さんの活躍に注目していきたいですね。

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