天野ひろゆきの大学・学歴まとめ|日本大学時代に芸能界入り!高校や学生時代のエピソードも

お笑いコンビ「キャイ~ン」のツッコミ担当として、長年活躍している天野ひろゆきさん。

司会や俳優、ナレーターなど幅広く活動し、料理が得意なことでも知られています。

そんな天野ひろゆきさんについて、「大学はどこ?」「どんな学歴なの?」「学生時代から芸人を目指していた?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。

調べてみると、天野さんは日本大学国際関係学部へ進学し、大学在学中に芸能界への道を歩み始めていました。

さらに、高校選びや大学時代の行動には、現在の天野さんにつながる興味深いエピソードがあります。

今回は、天野ひろゆきさんの大学や学歴、出身高校、学生時代のエピソード、芸能界入りまでの経緯について紹介します。

目次

天野ひろゆきの大学は日本大学国際関係学部

出典:中日新聞

天野ひろゆきさんの出身大学は、日本大学国際関係学部です。

当時の国際文化学科に在籍し、大学を卒業したとされています。

日本大学と聞くと東京のキャンパスをイメージする方もいるかもしれませんが、国際関係学部は静岡県三島市にあります。

天野さんは東京へ行きたいという思いから日本大学へ進学したと語っています。

しかし結果的には、この静岡で過ごした大学時代が、その後の人生を大きく動かすことになりました。

大学時代には演劇部に在籍し、同級生と「コンビ解消」というコンビを組み、学園祭などでコントを披露していたとされています。

さらに天野さんは、浅井企画から若手ライブへの出演を持ちかけられた際、事務所側が大学で披露していたコントのビデオを見ていたことを公式ブログで振り返っています。

学生時代のコントが、プロとして舞台に立つきっかけの一つになったのですね。

天野ひろゆきの学歴と出身高校

天野ひろゆきさんは愛知県岡崎市出身です。

小学校は岡崎市立羽根小学校、中学校は岡崎市立南中学校で学び、その後は愛知教育大学附属高等学校へ進学しました。

高校選びにも天野さんらしいエピソードがあります。

当時、周囲には成績に応じた一定の進路イメージがあったそうですが、天野さんは決められたような進路に違和感を抱いていました。

そこで地元の岡崎市を離れ、刈谷市にある愛知教育大学附属高等学校を自ら選んだといいます。

当時影響を受けていた尾崎豊さんの存在もあり、「自由」や自分らしい生き方について考えていたそうです。

また、「愛知教育大学附属」という校名を聞いた父親は、天野さんが将来先生になると思ったようです。

父親は天野さんのために離れに勉強部屋まで造ってくれましたが、本人によると友達と遊ぶことも多かったのだとか。

高校時代にはレストランの厨房でアルバイトをしていたとの情報もあり、アルバイト先で「ツナおろしスパ」を作っていた思い出を語っています。

現在の料理好きな天野さんにつながる学生時代のエピソードとしても興味深いですね。

天野ひろゆきの学生時代と芸能界入りの経緯

出典:週刊女性PRIME

天野ひろゆきさんの人生が大きく動いたのは、日本大学3年生の頃でした。

周囲の学生が就職活動を始める時期になり、自分の将来について考えるようになった天野さん。

そんなとき、静岡県沼津市の書店で『タレント名鑑』を目にします。

そこで天野さんが取った行動は、掲載されていた浅井企画へ自ら電話をかけることでした。

浅井企画を選んだ大きな理由は、子どもの頃から憧れていた萩本欽一さんが所属していたことです。

天野さん自身も、萩本さんの存在がなければ浅井企画を選ばず、ウド鈴木さんとの出会いやキャイ~ンの誕生もなかったという趣旨で振り返っています。

その後、浅井企画でウド鈴木さんと出会い、1991年にキャイ~ンを結成しました。

当時の天野さんは大学4年生にあたる時期です。

つまり、大学を卒業してから芸人を目指したのではなく、大学在学中に芸能界へ入り、キャイ~ンを結成していたことになります。

しかも天野さんは日本大学を卒業した人物として紹介されているため、芸能活動と学業を並行していたことになります。

キャイ~ン結成後は若手ライブなどで経験を積み、『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』などへの出演で知名度を高めました。

1994年には『笑っていいとも!』にレギュラー出演し、その後も『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』や『天才てれびくん』など活躍の場を広げていきます。

沼津の書店で『タレント名鑑』を手に取り、一本の電話をかけたことが、その後の長い芸能人生につながったのですね。

向ヶ丘遊園駅(川崎市多摩区)から徒歩4分で、築50年以上の風呂なしトイレ共同、4畳半の木造アパートに住んでいた天野。

 家賃は2万円と格安だったが、隣の部屋とは板一枚はさんだ程度で、鼻をかんだだけで苦情を言われるほどだったという。

 風呂は、自宅から徒歩3分のコインシャワーを利用。1回100円で3分という短さだったため、タオル3枚を片手に、頭を洗いながらコインシャワーへ向かった。

 タオル3枚のうち、1枚を濡らして体を洗い、30秒で泡を流し切る。残り2枚をそれぞれ肩と腰に巻き、2分半お湯を当てることで、湯船に浸かる気分を満喫していたという。

 食事は、たまねぎとキャベツに、いかの塩辛を合わせた野菜炒めで、実家から送られてきたコメとともに、一食32円の食生活を週に2~3回。

 こうした苦労の末、25歳のとき、海外ロケの番組出演がきっかけでブレイクを果たす。現在は、都内マンション2部屋を所有しており、毎月45万円ほどの収入があるという。総資産は数億円だと紹介されていた。

出典:Flash

まとめ

今回は、天野ひろゆきさんの大学や学歴、出身高校、学生時代から芸能界入りまでの経緯について紹介しました。

天野ひろゆきさんの出身大学は日本大学国際関係学部です。

小学校は岡崎市立羽根小学校、中学校は岡崎市立南中学校、高校は愛知教育大学附属高等学校へ進学しました。

特に大きな転機となったのが日本大学時代です。

大学でコントに取り組み、3年生の頃には沼津市の書店で『タレント名鑑』を見たことをきっかけに、自ら浅井企画へ電話をかけました。

そしてウド鈴木さんと出会い、1991年にキャイ~ンを結成しています。

天野ひろゆきさんにとって大学時代は、現在まで続く芸能人生がスタートした重要な時期だったといえるでしょう。

周囲が就職活動を始めるなか、自分が進みたい道を考えて行動したことが、その後のキャリアにつながったことが分かりました。

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