お笑いコンビ「ニッポンの社長」でネタ作りを担当し、独特なコントや漫才で注目を集めている辻クラシックさん。
キングオブコントでは2020年から2024年まで5年連続で決勝進出し、2025年には「ダブルインパクト~漫才&コント二刀流No.1決定戦~」で初代王者となりました。
そんな辻クラシックさんについて、「大学はどこ?」「高校時代は野球部だった?」「どのように芸人になった?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
調べてみると、大学は花園大学、高校は京都府立鳥羽高校であることが確認でき、学生時代には本格的に野球へ取り組んでいたことも分かっています。
この記事では、辻クラシックさんの大学・学歴を中心に、花園大学や鳥羽高校での学生時代、野球からお笑いの世界へ進むまでの経歴を紹介します。
お笑いコンビ・ニッポンの社長の辻皓平が17日、自身のXを更新し、芸名を「辻クラシック」に改名したことを発表した。
辻はXで「芸名を辻クラシックに戻します!気軽に辻と呼んでください!」と報告。ファンに向けて、新たなスタートを宣言した。
また、吉本興業グループが運営する公式エンタメサイトを通じて、改名の経緯についても説明。「昔この名前で活動していたので名前を戻したいと思い、改名しました!」と明かし「相方がケツになったのでケツを引き立たせる為に本名で活動していたが、『もう、こいつええかな』と思いました」とコメントしている。
辻クラシックの大学・学歴は?花園大学での学生生活

辻クラシックさんの出身大学として確認できるのは、京都市にある花園大学です。
本人が出演するポッドキャスト「カジュアルお好み焼き」では、2024年8月27日配信回が「大学時代の思い出はボーリングと座禅」と題され、番組紹介にも「辻の花園大学時代の生活が明らかに!」と記載されています。
本人出演番組で大学名が示されていることから、花園大学については信頼性の高い情報と考えられます。
一方、学部や学科については、確認できる一次資料では明らかになっていません。
また、野球推薦で進学したと紹介する二次資料もありますが、入試形態について本人や大学が明言した一次資料は確認できないため、断定には注意が必要です。
大学時代は野球だけでなく音楽や映画にも興味を広げていったとされ、現在の活動につながる大きな転換期だったようです。
現在は芸人によるバンド「ジュースごくごく倶楽部」でギターを担当し、作詞・作曲にも携わっているため、大学時代に広がった興味が現在にもつながっていることがうかがえます。
辻クラシックの鳥羽高校時代は野球部で活躍

辻クラシックさんの出身高校は、京都府立鳥羽高等学校です。
本人が鳥羽高校を母校と表現したことが報じられており、高校時代に野球部へ所属していたことも伝えられています。
辻クラシックさん本人が2014年に書いたブログでも、高校球児だった当時について振り返っています。
当時の野球部を「なかなかの強豪チームだった」と説明しており、高校生活の中で野球が大きな存在だったことが分かります。
現在の吉本興業公式プロフィールでも、特技として「バッティング指導」が挙げられています。
高校時代まで積み重ねてきた野球経験が、現在も辻クラシックさんの個性の一つとして残っているようです。
なお、出身中学校については京都市立藤森中学校、小学校については京都市立砂川小学校とする情報があります。
ただし、こちらは高校や大学と比べて一次資料による裏付けが弱いため、現時点では「出身校とする情報がある」程度に捉えるのが適切でしょう。
辻クラシックが大学卒業後に芸人になるまで

辻クラシックさんは大学時代、一度は一般企業への就職も考えていたと伝えられています。
しかし、就職活動をする中でお笑いへの思いを捨てきれず、芸人になる道を選びました。
吉本興業の公式プロフィールによると、2009年にNSC大阪校32期へ入学しています。
NSCを経てすぐ現在のコンビが誕生したわけではなく、辻クラシックさんはコンビ活動とピン芸人としての活動を経験しています。
若手時代には「辻クラシック」の芸名でピン芸人として舞台に立ち、コンビ「ソファー」などでも活動しました。
コンビ解散後も舞台から離れず活動を続け、2013年11月にケツさんと「ニッポンの社長」を結成します。
その後はキングオブコントで2020年から2024年まで5年連続決勝進出を果たし、2025年には「ダブルインパクト」で初代王者となりました。
そして2026年には、長く使用していた「辻」「辻皓平」から、若手時代に名乗っていた「辻クラシック」へ芸名を戻しています。
まとめ
今回は、ニッポンの社長・辻クラシックさんの大学や学歴、鳥羽高校時代の野球経験から芸人になるまでを紹介しました。
辻クラシックさんの大学は花園大学、高校は京都府立鳥羽高校であることが確認できます。
高校時代には野球部に所属し、本格的に野球へ打ち込んでいました。
大学時代には音楽や映画などにも興味が広がり、一度は就職活動を経験したものの、最終的にはお笑いの道を選択。
2009年にNSC大阪校32期へ入り、ピン芸人や複数のコンビでの活動を経て、2013年にケツさんとニッポンの社長を結成しました。
野球、大学生活、音楽、就職活動、NSC、ピン芸人という経験を経て、現在のニッポンの社長での活動につながっていることが分かります。
2026年には若手時代の芸名「辻クラシック」へ戻しており、学生時代から若手時代までの経験を知ることで、現在の辻クラシックさんの活動をより深く理解できるのではないでしょうか。

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