スノーボード・ハーフパイプで世界の頂点を目指す清水さら選手。
16歳という若さで世界選手権銀メダル、冬季アジア大会優勝と輝かしい成績を残していますが、その裏には家族の深い愛情と具体的なサポートがありました。
特に注目されているのが、母・里紗さんが毎日送るLINEメッセージと、出雲出身の父・卓郎さんの地元での応援です。
この記事では、清水さら選手を支える父親・母親がどんな人なのか、感動的なエピソードとともに詳しくご紹介します。
清水さら選手の父親・母親はどんな人?基本プロフィール

清水さら選手の家族について、報道で確認できる情報をまとめます。
父親は卓郎さんで、島根県出雲市出身です。
現在、祖父母が出雲市に住んでおり、卓郎さんの地元には学生時代からの友人が多く残っています。
この友人たちが清水選手の大舞台で自主的にパブリックビューイングを開催するなど、父の人柄が地元での信頼関係として今も生きていることが分かります。
母親は里紗さんで、清水選手のメンタル面を日常的にサポートしています。
毎日LINEで体調を気遣い、大事な試合の直前には励ましのメッセージを送るなど、具体的で継続的な支えを提供しています。
清水選手は両親の影響で4歳からスノーボードを始めました。
初めて体験した時から滑ることができたといい、両親がスノーボードに親しみがあったことが競技との出会いのきっかけになっています。
特別な英才教育というよりも、家族が好きなスポーツを子どもと共有する中で才能が開花したという自然な流れだったようです。
母・里紗さんの毎日のLINEと決勝前のメッセージが支えに

母・里紗さんのサポートで特に印象的なのが、日常的に送られるLINEメッセージです。
清水選手によると、母から毎日「けがしてない?大丈夫?」というLINEが届くといいます。
これは一見シンプルな問いかけですが、競技者にとっては非常に重要な意味を持ちます。
周囲が「勝てる」「いける」と成果を期待する中で、母の関心は常に「身体」に向いているのです。
才能がある選手ほど無理をしがちですが、毎日届く「大丈夫?」という問いかけは、ブレーキにもなり安心にもなります。
さらに感動的なのが、決勝の3本目直前に届いたメッセージです。
清水選手は1本目、2本目で転倒し、後がない状況に追い込まれていました。
その時、母から「絶対にできるから、自信を持ってやってね」というLINEが届きました。
清水選手は「それがすごい力になった」と語っており、実際に3本目では大技のダブルコーク1080を決めています。
プレッシャーが最大の場面で「頑張れ」という言葉は重くなりがちです。
しかし「絶対できる」「自信持って」という言い方は、相手の中にある成功体験を直接呼び起こします。
この言葉の選び方に、母・里紗さんの深い理解と愛情が表れています。
また、里紗さんは「注目が集まる中で滑りきるのはメンタルが強い、尊敬している」とも語っています。
母が子を尊敬すると口にするのは簡単ではありませんが、里紗さんははっきりと言葉にしました。
清水選手は「初めて言われました」と笑顔で答えており、支える親と支えられる子という関係だけでなく、一人の人として尊敬し合う関係が築かれていることが分かります。
出雲の父・卓郎さんの人柄と地元が立ち上がった応援

父・卓郎さんについて語る上で欠かせないのが、出雲市での応援の輪です。
清水選手が五輪に出場した際、出雲市では卓郎さんの友人たちが発起人となってパブリックビューイングが開催されました。
約70人が集まり、清水選手に声援を送ったといいます。
ここで注目すべきは、清水選手本人が出雲市出身ではなく、「父の出身地」だという点です。
普通なら少し距離があってもおかしくない関係性ですが、それでも友人たちが立ち上がったのは、卓郎さんが出雲で積み上げてきた人間関係が今も生きているからでしょう。
学生時代の友人かもしれませんし、仕事でつながった仲間かもしれません。
いずれにしても、「やろう」と言い出して実際に人を集め、場を作るのは簡単なことではありません。
そしてこの夜、清水選手は予選1回目で出遅れながらも、2回目で本来の実力を発揮して一気に2位に浮上し、決勝進出を決めました。
パブリックビューイング会場からは「感動しました」「こんな逆転劇なかなか無い」と声が上がったといいます。
父親の話題では職業や経歴が注目されがちですが、卓郎さんの場合、報道から立ち上がってくるのは肩書きよりも「地元に残る関係性」です。
父の故郷が娘の挑戦を自分ごととして見守っている。
これは本人にとっても家族にとっても、静かに効く支えになっているはずです。
また、清水選手は決勝後のコメントで「家族だったり親戚が大会に見に来てくれることがあんまりない。みんなが見に来てくれた大会で、ランを一応決められたことは良かった」と語っています。
遠征や大会が続く競技では、家族がいつも現地にいるとは限りません。
むしろ「いないのが普通」になっていきます。
でも五輪は違いました。
「あんまりない」のに「その日だけはいる」。
それだけで緊張は増えますし、うれしさも増えますし、失敗したくない気持ちも増えます。
だからこそ、最後に大技を決めたことが、本人にとっても家族にとっても大きな意味を持つ物語になったのです。
まとめ
清水さら選手の強さは、「誰よりも高く飛びたい」という才能だけでなく、家族の具体的で継続的な支えによって支えられています。
母・里紗さんは毎日のLINEで体調を気遣い、勝負どころでは「絶対できる」と背中を押しました。
父・卓郎さんは出雲という「もう一つの故郷」を背負い、友人たちがパブリックビューイングを立ち上げるほどの人柄を持っています。
清水選手は2度の鎖骨骨折を乗り越え、世界の舞台で結果を残してきました。
そして決勝でメダルに届かなかった悔しさを「次」へ繋げると語っています。
物語は終わっていません。むしろ、ここからが長い挑戦の始まりです。
家族の支えとともに、清水さら選手の飛躍はまだまだ続いていくでしょう。

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