アニメ『ドラえもん』のジャイアン役として知られ、現在は声優・俳優・タレント・ラッパーなど幅広い分野で活躍する木村昴さん。
近年は『ヒプノシスマイク』や『呪術廻戦』、『THE FIRST SLAM DUNK』など数々の話題作へ出演し、テレビ番組のMCやナレーションでも活躍の場を広げています。
そんな木村昴さんについて、
- 大学は亜細亜大学なの?
- 中退したという噂は本当?
- 高校や中学校などの学歴は?
- 学生時代はどのような人物だったの?
このような疑問を持って検索する人も多いようです。
木村昴さんは中学3年生で国民的人気アニメ『ドラえもん』のジャイアン役に抜擢され、その後も学業と芸能活動を両立しながらキャリアを築いてきました。
この記事では、大学・高校・中学校・小学校までの学歴や、中退理由とされる背景、学生時代のエピソード、ジャイアン役に抜擢された経緯まで詳しく紹介します。
木村昴の大学は亜細亜大学?中退理由を調査

木村昴さんは高校卒業後、亜細亜大学へ進学したと広く報じられています。
一方で、在籍していた学部や学科については公表されておらず、本人も大学生活について詳しく語る機会は多くありません。
大学へ進学した当時、木村さんはすでに『ドラえもん』のジャイアン役として全国的な知名度を獲得していました。
毎週のアフレコに加え、テレビ出演やイベント、舞台など仕事の幅が広がり、学生生活との両立は決して簡単ではなかったと考えられます。
さらに、高校卒業翌日には自身が座長を務める「天才劇団バカバッカ」を旗揚げしました。
出演するだけではなく、演出や舞台制作にも積極的に携わり、「自分たちで作品を一から作りたい」という思いを形にしています。
大学生活が始まった直後に劇団を立ち上げるという行動力からも、当時からエンターテインメントの世界で生きていく強い意志があったことがうかがえます。
木村さん本人は大学中退について正式に理由を明かしていません。
しかし、多くのメディアでは亜細亜大学を中退したと紹介されています。
その背景には、声優としての仕事量が増えたことに加え、俳優活動や劇団運営など、多方面での活動が本格化したことがあると考えられています。
大学生活を続けるよりも、芸能活動へ専念する道を選んだことが現在の活躍につながったといえるでしょう。
その後は『輪るピングドラム』で主要キャラクターを演じたほか、『ヒプノシスマイク』では山田一郎役として高い人気を獲得しました。
さらに『呪術廻戦』の東堂葵役や『THE FIRST SLAM DUNK』への出演など代表作を次々と増やし、現在では日本を代表する人気声優の一人として知られています。
大学で学ぶ時間よりも、現場で経験を積むことを選んだ決断が、現在の成功へとつながったのかもしれません。
木村昴の出身高校・中学校の学歴と学生時代のエピソード

木村昴さんの出身高校は東京都立晴海総合高校です。
総合学科を設置する都立高校として知られ、生徒一人ひとりの個性を尊重する教育方針が特徴です。
芸能活動を続けながら高校生活を送っていた木村さんにとっても、自分らしく学べる環境だったのかもしれません。
実は高校受験では、最初から順調だったわけではありません。
AO入試(自己推薦型)に挑戦した際には、一芸披露でジャイアンの声を披露しましたが、結果はまさかの不合格でした。
当時すでに『ドラえもん』へ出演していたこともあり、本人も後年「ジャイアンで落ちるとは思わなかった」とユーモアを交えて振り返っています。
しかし、この結果に落ち込むだけでは終わりませんでした。
約1か月間猛勉強を続け、一般入試で見事合格を勝ち取っています。
仕事を理由に諦めることなく努力を重ねた経験は、現在まで続く木村さんの真面目な姿勢を象徴するエピソードといえるでしょう。
高校時代は『ドラえもん』のレギュラー収録に加え、イベントや雑誌取材なども多く、学校と芸能活動を両立する忙しい毎日を送っていました。
部活動には所属していなかったとされていますが、その分、多くの時間を声優や俳優としての仕事に充てていたようです。
また、高校時代には初代ジャイアン役のたてかべ和也さんが文化祭へ足を運び、生徒たちの前でリサイタルを披露したという心温まるエピソードも残っています。
木村さんにとって、たてかべさんは憧れの先輩であり、大きな支えとなる存在でした。
中学校ではジャイアン役に抜擢
出身中学校は葛飾区立小松中学校です。
中学校では生徒会長を務めるなど、リーダーシップを発揮していたことで知られています。
人前で話すことが得意だった経験は、現在のMCやタレント活動にもつながっているのでしょう。
そして中学3年生だった2005年、人生を大きく変える出来事が訪れます。
『ドラえもん』の主要キャストが一新されるタイミングでジャイアン役のオーディションを受け、数多くの候補者の中から見事に選ばれました。
制作スタッフからは「一番ジャイアンらしかった」と評価され、当時14歳という異例の若さで国民的人気アニメの主要キャラクターを担当することになります。
学校へ通いながらアフレコやイベント出演をこなす生活は決して楽ではありませんでしたが、友人たちと普通の学生生活も大切にしていたそうです。
また、思春期には声変わりという声優ならではの不安もありましたが、スタッフや先輩声優の支えを受けながら演技を磨き続け、現在のジャイアン像を築き上げました。
木村昴の小学校からジャイアン役抜擢までの歩み

木村昴さんの出身小学校は葛飾区立小松小学校(現在の小松南小学校)です。
木村さんは1990年6月29日にドイツ・ライプツィヒで生まれ、7歳頃に家族とともに日本へ移住しました。
来日当初は日本語をほとんど話せず、学校生活にも苦労したそうですが、友人と遊んだりテレビや漫画に触れたりする中で、少しずつ日本語を覚えていったと語っています。
幼い頃から持ち前の明るい性格で周囲と打ち解け、葛飾区で充実した学校生活を送っていました。
また、母親が声楽家だったこともあり、幼少期から音楽に親しむ環境で育ちました。
バイオリンを習うなど音楽教育を受けていた経験は、現在のリズム感や表現力にも生かされていると考えられます。
さらに劇団日本児童へ所属し、演技や歌、ダンスを学びながら子役として活動をスタートしました。
当時は母が「日本語の勉強にもなるんじゃないか」と、近所にあった児童劇団に僕を入れてくれていて、そのレッスンに情熱を注いでいました。
土日にレッスンがあったのですが、お芝居をしながら日本語も勉強して、さらに歌のレッスン、ダンスのレッスンもあって、毎週末休まず行っていました。
結局それが今にもつながっているので、母には本当にいいきっかけを与えてもらったと思っています。
出典:講談社
ミュージカル『アニー』への出演をはじめ、バラエティ番組やCM、再現ドラマなどさまざまな作品へ出演し、人前で表現する力を磨いていきます。
こうした子役時代の経験があったからこそ、中学生で挑戦した『ドラえもん』ジャイアン役のオーディションでも堂々と実力を発揮できたのでしょう。
ジャイアン役に決定した当初は、前任のたてかべ和也さんと比較されることも多く、大きなプレッシャーを感じていたといいます。
それでも作品とともに成長し、今では「木村昴=ジャイアン」というイメージが定着するほど、多くの視聴者から支持される存在となりました。
近年は声優だけでなく、俳優やタレント、MC、ラッパーとしても活躍し、その明るいキャラクターと高いトーク力で幅広い世代から人気を集めています。
まとめ
木村昴さんは、高校卒業後に亜細亜大学へ進学したとされる一方、芸能活動の本格化に伴って中退したと広く伝えられています。
高校時代はジャイアン役を務めながら学業を両立し、中学校では生徒会長として活躍するなど、学生時代から行動力とリーダーシップを発揮していました。
また、小学生の頃から子役として舞台やテレビ出演を経験し、その積み重ねがジャイアン役への抜擢、そして現在の幅広い活躍へとつながっています。
大学という学びの場を離れた後も、声優や俳優、舞台、ラップ、MCなどさまざまな現場で経験を積み重ね、日本を代表するエンターテイナーへと成長しました。
木村昴さんの歩みは、学歴だけでは語れない努力と挑戦の積み重ねによって築かれたキャリアであることが分かります。
今後も声優業はもちろん、俳優やタレントとしてさらなる活躍を見せてくれることでしょう。

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