『水曜日のダウンタウン』や、さらば青春の光のYouTubeなどへの出演で注目を集めている、ひょうろくさん。
独特の話し方や困ったような表情が印象的ですが、どのような学生時代を過ごしてきたのでしょうか。
調べてみると、ひょうろくさんは鹿児島工業高等専門学校(鹿児島高専)の出身で、土木系の分野を学んでいたことが分かりました。
さらに卒業後はすぐに芸人になったわけではなく、建築関係の会社で会社員として働いていた経歴もあります。
今回は、ひょうろくさんの学歴や鹿児島高専時代、会社員を辞めて芸人になった経歴について詳しく紹介します。
ひょうろくの学歴は鹿児島高専で土木を専攻

ひょうろくさんの出身校として確認できるのは、鹿児島工業高等専門学校です。
通称「鹿児島高専」と呼ばれており、2025年には鹿児島高専の公式サイトでも、ひょうろくさんが同校のOBとして紹介されています。
鹿児島高専へ進学するきっかけになったのが、幼いころから続けていたバレーボールでした。
5歳上の姉と3歳上の兄の影響を受け、小学1〜2年生ごろからバレーボールを始めたそうです。
中学校ではセッターを担当し、その後、バレーボール推薦で鹿児島高専に入学しました。
鹿児島高専では土木系の分野を専攻していました。
現在の芸人としての姿からは、理系の高専で専門的な分野を学んでいた経歴は意外に感じられるかもしれません。
ただし、本人によると勉強は得意ではなく、成績も下から数えた方が早かったという趣旨の話をしています。
専門性の高い授業についていくのは、決して簡単ではなかったようです。
また、鹿児島高専は後の芸人人生につながる重要な出会いの場所でもありました。
後にお笑いコンビ「ジュウジマル」を組むことになる橋口ひとしさんが、高専時代の同級生だったのです。
当時から2人で芸人を目指していたわけではありません。
しかし、この出会いが数年後、ひょうろくさんの人生を大きく変えることになります。
ひょうろくは鹿児島高専卒業後に会社員として設計と営業を経験

ひょうろくさんは鹿児島高専を卒業後、大学には進学せず、建築関係の会社へ就職しています。
本人は鹿児島から遠い場所へ行ってみたいという思いがあり、千葉県にある会社で働き始めました。
最初に配属されたのは設計部門です。
鹿児島高専で学んだ土木系の専門分野につながる仕事に就いていたことが分かります。
ところが、設計の仕事ではかなり苦戦したそうです。
条件を入力すると必要な数字を算出してくれる設計ソフトがあっても、なぜその数字になるのかという原理がなかなか理解できなかったといいます。
先輩から丁寧に説明されても十分に理解できず、分かったような反応をして席へ戻り、その後どうしようかと困ってしまうこともあったそうです。
それでも、すぐに会社を辞めようとはしませんでした。
その後は福岡の営業部署へ異動します。
営業では、請求金額を約300万円少なくした状態で提出し、契約直前にミスが判明するという大きな失敗も経験しました。
しかし、仕事を続ける中で少しずつ慣れ、怒られた取引先とも徐々に関係を築けるようになったそうです。
退職する直前には仕事を楽しいと感じるところまで来ていました。
つまり、会社が嫌になったことを理由に芸人へ転身したわけではありません。
――会社員生活はいかがでしたか。
それもなんか、「普通」というか……。同僚や上司とめちゃくちゃ仲が良いわけでもなければ、誰ともしゃべれないわけでもないというか。構造設計という部署に2年いて、その後は営業に異動しました。
構造設計の部署は自分でもついていけてない自覚はあったのですが、上司のほうから「ちょっともう難しいんじゃないか」と言われて。
――難しい。
何をしているのかわからなかったんです。建物って、たとえば地震が起きたり雪が降ったりしたときに、壊れないように柱をどう立てるかとか、細かく計算していくんです。僕も簡単なものはできるんですけど、ちょっと難しくなるともう全然わからなくて。他にも工事現場の部署とか、いろいろあったんですけど、営業の部長さんが「営業興味あるか?」とお声かけて下さり、結果的に異動することになりました。
出典:AERA
ひょうろくが会社員を辞め芸人になった経歴

ひょうろくさんに大きな転機が訪れたのは、会社員4年目のことでした。
鹿児島高専時代の同級生だった橋口ひとしさんから、一緒にお笑いをやらないかという趣旨の誘いを受けたのです。
当時のひょうろくさんは、会社員として年収400万〜500万円ほどあったと後に明かしています。
仕事もようやく楽しくなってきた時期だったため、安定した生活を続けるという選択肢もあったでしょう。
しかも、学生時代から芸人を目指していたわけではありません。
それでも「楽しそうだからやってみよう」という感覚で誘いを受け、決断はほぼ即決だったといいます。
そして2012年、橋口さんとお笑いコンビ「ジュウジマル」を結成しました。
会社員から一転して、芸人としての生活が始まったのです。
ただし、芸人になってすぐに成功したわけではありません。
生活費のほとんどをアルバイトで稼ぐ時期が続き、カフェ店員やマッサージ関係など、さまざまな仕事を経験しました。
ジュウジマルとして約8年間活動した後、2020年12月にコンビは解散します。
その前後からさらば青春の光との交流が深まり、YouTubeなどへの出演を通して、ひょうろくさん独特のキャラクターが注目されるようになりました。
その後は『水曜日のダウンタウン』にも出演し、テレビやYouTube、ドラマなどへ活動の幅を広げています。
まとめ
今回は、ひょうろくさんの学歴や鹿児島高専時代、会社員を辞めて芸人になった経歴について紹介しました。
ひょうろくさんは鹿児島工業高等専門学校(鹿児島高専)へバレーボール推薦で進学し、土木系の分野を専攻しています。
卒業後は大学へ進学せず、建築関係の会社に就職しました。
千葉で設計、福岡で営業を経験し、会社員4年目に高専時代の同級生から誘われたことをきっかけに芸人へ転身しています。
学生時代から芸人を目指していたのではなく、鹿児島高専時代の同級生との縁が芸人人生のきっかけになったという点が印象的ですね。
鹿児島高専で土木を学び、会社員として設計や営業を経験してから芸人になった経歴を知ると、現在のひょうろくさんがまた違って見えるのではないでしょうか。

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