吉岡里帆は進学校出身?嵯峨野高校・京都橘大学と“書道家志望”だった学生時代

「吉岡里帆さんの学歴ってどうなんだろう?」

そんな疑問を持ってこの記事にたどり着いたあなたへ。

吉岡里帆さんの学生時代を調べてみると、単なる学校名の羅列では見えてこない、かなり物語性のある経歴が浮かび上がってきました!

中学では吹奏楽部でアルトサックスを演奏し、高校では軽音楽部に入るも長くは続かず勉強とアルバイトに打ち込む日々。

さらに高校時代、映画のエキストラ参加がきっかけで「演じること」へ気持ちが傾き、大学では書道家を目指す進学をしつつ、京都と東京を往復して養成所にも通う――。

学生時代にすでに、表現への衝動と現実的な努力が同居していたのが印象的です!

この記事では、吉岡里帆さんの学歴・出身校情報を軸にしながら、学生時代のエピソードをたっぷりお届けします!

目次

吉岡里帆の学歴まとめ!嵯峨野高校から京都橘大学へ

出典:クランクイン!

まず、吉岡里帆さんの学歴を整理すると以下のようになります!

高校は京都府立嵯峨野高等学校に進学しています。

嵯峨野高校は進学校として知られており、吉岡さんは勉強とアルバイトに打ち込む日々を送っていたそうです。

そして大学は、京都橘大学 文学部 日本語日本文学科 書道コースに進学しました!

実は吉岡さん、書道は八段の腕前で、7歳のころに友人の誘いで始め、中高も真剣に打ち込んでいたんです。

「将来は書家やアート関連の仕事に就きたい」という思いから書道を専攻し、京都で学び続けることを選んだそうです。

京都橘大学の公式ニュースでも、吉岡さんが「本学日本語日本文学科書道コースに3回生まで在籍」していたことが明記されています。

その後転学し、大学は卒業されています。

中学・小学校については公式に学校名が確定できる情報が少ないため、この記事では部活動や行動を中心にエピソードをご紹介していきます!

吉岡里帆の中学時代は吹奏楽部でアルトサックス!高校では軽音楽部も経験

出典:LASUSCCARES

吉岡里帆さんの学生時代エピソードで、かなり芯になるのが音楽体験です!

中学時代、吉岡さんは吹奏楽部に所属していました。

映画『スウィングガールズ』に憧れて吹奏楽部に入り、アルトサックスを演奏していたそうです。

吹奏楽部って、合奏の中で自分の音量やタイミングを調整しながら全体に合わせていくじゃないですか。

その感覚は、映像や舞台で「相手の呼吸を読む」「場の空気に合わせる」ことと、どこか似ている気もしますね!

高校に進学すると、一時は軽音楽部やソフトボール部のマネージャーを務めたそうです。

中学の吹奏楽経験があるからこそ、軽音楽部の選択肢が現実味を持ったのでしょう。

ただ、どちらも肌に合わなかったようで、その後は勉強とアルバイトに打ち込む日々を送ったといいます。

ここに吉岡里帆さんらしさが濃く出ていると思うんです。

まず入ってみる(軽音楽部、マネージャー)→でも「違う」と思ったら撤退する→そのぶん、勉強や生活のためのアルバイトに振り切る。

この「試して、見切って、次に行く」判断の速さって、芸能活動の初期にもよく似た動き方として出てきます!

映画エキストラ参加が吉岡里帆の転機に!書道家志望から女優の道へ

出典:読売新聞

そして、高校時代から18歳前後の大きな転機として語られやすいのが、映画の撮影現場です!

18歳のとき、アルバイト先で声をかけられ、滝田洋二郎監督の映画『天地明察』(2012年公開)のエキストラに参加したそうです。

町娘の格好をして「8時間空を見上げる町娘役」を演じ、初めての撮影現場で裏側の熱量に衝撃を受けたといいます。

大勢で作品を作る熱を体感したことが、吉岡さんの人生を大きく変えたんですね!

さらに、18歳のときに同志社大学の友人の誘いで小劇場の舞台に立ち、学生演劇の世界にのめり込んだそうです。

学生主体の自主映画の撮影にも参加し、学生制作のインディーズドラマ『ショート・ショウ』第1話(KBS京都)でテレビドラマ初出演も果たしました!

ただ、テレビも映画も東京制作が主体であることから「やっぱり東京いかないとだめかな」と悩んでいたそうです。

そんなとき、『天地明察』のエキストラ時に滝田洋二郎監督から「東京来たらいいのに!」と勧められたことが背中を押し、東京の養成所へ通い始めました。

そこからが、吉岡さんの初期キャリアで最も強烈なパートです!

京都の大学で演劇をしながら東京の養成所でレッスンを受けるために、京都と東京を往復する生活を送ったそうです。

費用を捻出するために居酒屋・カフェ・歯科助手など、多いときは4つのアルバイトを掛け持ちしていたといいます。

夜行バスで上京して漫画喫茶でシャワーを浴びてオーディションを受ける…といった生活を約5年続けたそうです!

大学に行き、小劇場の舞台や映画作りをし、深夜までアルバイトして、深夜バスで東京に行き、漫画喫茶でシャワーを浴びてからオーディションへ。そんな生活を約5年続けたという。

出典:マイナビニュース

この時期って、華やかな芸能界のイメージと真逆で、むしろ体育会系の耐久戦ですよね。

ただ、本人の言葉として「大変だけど、生きている感じがすごくして」と語られているのが印象的で、苦労を美談にするというより「自分で納得して選んでいる」感じが伝わります!

まとめ

吉岡里帆さんの学歴・出身校をたどると、見えてくるのは「賢い/進学校」みたいな単純な評価軸ではなく、自分の好きなもの(書道・映画・演劇)に正直に、でも現実的な努力で追いかけ続けた履歴でした!

中学では吹奏楽部でサックスを演奏し、表現の基礎体力を培いました。

高校では軽音楽部などを試すも合わず、勉強とアルバイトへ。

そして映画『天地明察』のエキストラで現場の熱に衝撃を受け、京都橘大学の書道コースへ進学しながらも演劇・自主映画へ踏み込んでいきました。

京都と東京を往復しながらの下積み時代を経て、今の吉岡里帆さんがあるんですね!

学生時代の選択の理由と行動の具体を知ると、吉岡里帆さんの人となりがより深く伝わってきます。

今後のご活躍がますます楽しみですね!

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