世間の「夫婦=同居が当たり前」という前提を、軽くひっくり返す漫画家がいます。
『テルマエ・ロマエ』で知られるヤマザキマリさんです。
検索窓に「ヤマザキマリ 夫」と入れると、「年下夫」「別居婚」「不仲?」など刺激的な関連ワードが並びますが、一次情報をたどると見えてくるのは”噂”よりも、もっと地に足のついた家族の設計図でした。
この記事では、ヤマザキマリさんの夫であるベッピ・キュッパーニさんの経歴や、14歳の一人旅から始まった運命的な馴れ初め、そして「別居婚」の真相について、本人の語りを元に詳しく解説していきます。
ヤマザキマリの夫はベッピ・キュッパーニ!人文学者・作家としての経歴

ヤマザキマリさんの夫は、イタリア人のベッピ・キュッパーニ(Beppi Chiuppani)さんです。
日本語記事では愛称的に「ベッピーノ」と表記されることもあります。
近年は日本語版も出た歴史小説『救い』の著者としても紹介され、出版社プロフィールでは、人文学者・作家であり、パドヴァ大学卒、各地で研究を重ねたのちシカゴ大学で比較文学の博士号を取得した人物として記されています。
またヤマザキマリさんの発信(ラジオ告知やSNS上の紹介)でも「比較文学者・作家」として触れられています。
ネット上では「シカゴ大学教授」という情報も見かけますが、一次情報として確認できるのは「シカゴ大学で比較文学の博士号を取得」までです。
出版社プロフィールには博士号取得が明記されている一方で、「教授職にある」とは書かれていません。
ヤマザキマリさんの代表作『テルマエ・ロマエ』は、夫が「ローマ皇帝の名前を全員言えるほどの古代ローマ好き」で、日常会話に影響があったという趣旨の記述があります。
二人が古代ローマの歴史を語り尽くしたことが、後のプロポーズの文脈にも出てきます。
つまり、夫婦関係の中核が「一緒にいる時間の長さ」ではなく、深く掘れる共通関心と互いの好奇心を邪魔しない距離感に置かれているのです。
14歳の一人旅から始まったヤマザキマリ夫妻の運命的な馴れ初め

ヤマザキマリさん夫妻の出会いは、”合コン”でも”職場”でもありません。
文春オンライン掲載の記事(ヤマザキマリさんの語り)によれば、夫は、ヤマザキマリさんが14歳でフランスとドイツを一人旅していた際に出会ったイタリア人の老人(マルコ)の孫なのです。
さらに結婚のきっかけは、そのマルコと文通で仲良くなったヤマザキさんの母だったと説明されています。
整理すると、こういう流れです。
旅先で助けてくれた(心配して話しかけた)老人との縁が、”文通”で家族ぐるみの縁になり、時を経て”孫”と結婚に至る――。
普通の恋愛記事のテンプレが一切通用しない、強烈なオリジナルルートです。
文春記事では、ヤマザキマリさんは長期留学や出産・別れを経て、日本で仕事を掛け持ちしながら息子デルスさんを育てていた状況が語られます。
また育児メディアのインタビューでは、息子が小さい頃に帰国して北海道で子育てをし、のちに夫の研究等の都合で海外を転々とした流れが、かなり具体的に述べられています(イタリア→シリア→ポルトガル→アメリカ・シカゴ等)。
ここで大事なのは、ヤマザキマリさんの語りが一貫して「夫婦」だけで完結していないことです。
最初から”子供を含めた家族単位”で、どう生活を成立させるかが主題になっています。
馴れ初め系の記事で最も引用されがちなのが、プロポーズの場面です。
文春オンライン(本人の語り)では、夫ベッピーノさんが日本帰国直後に心筋炎で入院し、病院の集中治療室からヤマザキマリさんへ国際電話をしました。
そこで「結婚しませんか」「最初から一緒に暮らすのは難しくても家族になりませんか」といった趣旨のプロポーズをしたと記されています。
私とは三日三晩、ほとんど寝ずに古代ローマの歴史を語り尽くしたベッピーノは、私たちが日本へ帰国した直後に心筋炎を患って入院した。日本の私にかかってきた電話は、病院の集中治療室からだった。ベッピーノは息も絶え絶えに言った。今まで古代ローマについてこれほど深く話し合えた人はいない。お互いに交わす言葉や条件が全て良い触発となる、そんな人との出会いはもうないかもしれない。デルスともまだまだ遊び足りない……。
「なので結婚をしませんか。それぞれ暮らしている国は違うし、最初から一緒に暮らすのは難しいとしても、家族になりませんか。時々でいいから皆で会って、素晴らしい時間を過ごしませんか」
出典:文春オンライン
ポイントは”甘い言葉”よりもむしろ、最初から別居の可能性を織り込む現実感と、「時々でいいから皆で会って」など、家族の時間の設計が含まれていることです。
結婚式は2001年10月31日(息子デルスさんの7歳の誕生日)、夫の当時の留学先だったエジプトのイタリア領事館で挙げられました。
結婚時の年齢は、ヤマザキマリさん34歳、ベッピーノさん20歳。
ネット上で「14歳差」「年下夫」という見出しが踊る背景には、こうした数字の強さがあります。
ヤマザキマリ別居婚の真相は?円満な夫婦関係を支える3つの理由

ヤマザキマリさんは文春記事の中で、別居婚に触れたところ「離婚するのか」と質問されたり、SNSで否定的に書かれたりしたことに言及しています。
そして、夫婦=同居が唯一の正解という固定観念そのものに疑問を投げています。
この文脈を読むと、「円満かどうか」を判断する尺度を、本人がそもそも”世間のテンプレ”からずらしているのがわかります。
では、なぜヤマザキマリさん夫妻の別居婚は円満に見えるのでしょうか?
理由は大きく3つあります。
1つ目は、最初から”同居できない前提”を組み込んでいたことです。
集中治療室からのプロポーズでも「最初から一緒に暮らすのは難しいとしても」という提案が出ています。
つまり後から仕方なく別居になったというより、最初から「物理距離がある結婚」でも成立させる設計があったということです。
2つ目は、経済・精神の自立(依存しない関係)です。
別居婚を語るインタビューで、ヤマザキマリさんは「夫に経済的に依存しなくても生きていけるからこそ選択肢もある」と述べています。
これは”強がり”というより、別居婚を成立させるインフラの話です。
依存度が高い関係ほど、距離や非対称がストレスになりやすい一方、自立度が高いほど、離れていても関係が壊れにくいのです。
3つ目は、家族観が「血縁や戸籍」より「家族でいたい気持ち」にあることです。
文春記事の2ページ目には、ヤマザキマリさんが母の経験を引きながら、家族を”制度”ではなく”気持ち”で捉える記述があります。
この価値観だと、同居・別居は「手段」であって「愛情の証明」ではない、という整理になります。
「円満?」の問いに対して、本人の言葉で答えるなら、たぶんこういう形になります。
“常に同じ屋根の下にいることが、結婚の優先順位ではない”(文春記事内の文脈)。
別居婚=不仲という図式は、少なくともヤマザキマリさん夫妻には当てはまらないのです。
まとめ
ヤマザキマリさんの夫は、イタリア人の人文学者・作家ベッピ・キュッパーニさんです。
14歳の一人旅で出会った老人の孫という運命的な馴れ初めから、集中治療室からの国際電話でのプロポーズ、そして別居婚という形を選んだ夫婦の姿は、世間の「夫婦=同居」という固定観念を軽やかに超えています。
最初から別居を前提とした設計、経済的・精神的自立、そして家族を”気持ち”で捉える価値観が、二人の円満な関係を支えているのです。
「別居婚=不仲」という図式は、少なくともヤマザキマリさん夫妻には当てはまりません。
むしろ、深く掘れる共通関心と互いの好奇心を邪魔しない距離感こそが、二人の関係の核心なのです。

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