冨田せなの学歴|高校は開志国際?妙高中学校時代のエピソードと戦績も紹介!

スノーボード女子ハーフパイプで世界と戦い、オリンピックでもメダルを獲得した冨田せなさん。

競技実績が大きくなるほど、「どんな環境で育ったの?」「学生時代はどこの学校に通っていたの?」という関心が高まりますよね。

この記事では、冨田せなさんの学歴(中学・高校などの出身校)を、確認できる公表情報をベースに整理しつつ、学生時代に積み上げた実績や当時のエピソードもご紹介します。

雪国・新潟県妙高市で育ち、中学1年でプロ資格を取得し、高校生で五輪に出場した冨田せなさんの学生時代に迫ります!

目次

冨田せなの出身高校は開志国際高等学校

出典:YONEX

冨田せなさんの出身高校は、開志国際高等学校です。

新潟県にある私立校で、スポーツや国際教育に力を入れている学校として知られています。

Wikipediaの人物概要でも明記されており、平昌オリンピック前には「開志国際高等学校3年生」として紹介されていました。

遠征や大会が多いアスリートにとって、学業との両立がしやすい環境が整っていたと考えられます。

冨田選手が高校生だった時期は、まさに競技力が世界基準へジャンプするタイミングでした。

高校3年生で平昌オリンピックを経験するほどで、同世代の多くが部活の大会に照準を合わせる年齢で、冨田選手はすでに世界の採点基準の中で戦っていたのです。

スノーボードハーフパイプは練習量だけでなく、怪我予防・体づくり・メンタルまで含めた総合力が問われる競技です。

競技と学業の両立は、単に時間配分の話ではなく、生活そのものを競技仕様に整える必要があります。

高校生でそれをやり切るのは簡単ではありませんが、冨田選手は見事に両立させていました。

高校卒業後は、国際スノーボード&スケートボード専門学校(JWSC)に進学しています。

学校法人側の発信でも出身校として紹介されており、現在はコーチとしても後進の指導にあたっているそうです。

冨田せなの妙高中学校時代のエピソードと競技への取り組み

出典:日本経済新聞

冨田せなさんの出身中学校は、妙高市立妙高中学校です。

新潟県妙高市にある公立中学校で、母校として地元メディアや学校発信で言及されています。

母校で応援メッセージが作られたという記事や、学校サイトの投稿などがあり、地元にとって冨田選手が地域の誇りとして大切にされているのが伝わってきます。

冨田せなさんの学生時代で特に象徴的なのが、中学1年次に日本スノーボード協会(JSBA)公認プロ資格を取得している点です。

3歳からスノーボードを始め、中学校1年次には日本スノーボード協会公認プロ資格を取得。2018年平昌オリンピックのスノーボード競技代表としてハーフパイプに出場。決勝まで進出し、8位入賞を果たす。22年1月には、X GAMESスーパーパイプで優勝し、金メダルを獲得。同年2月の北京オリンピックにはスノーボード競技代表としてハーフパイプに出場。3位入賞となり、銅メダルを獲得した。

出典:スポニチ

スポーツメディアの人物紹介でもこのエピソードが触れられており、所属事務所のプロフィールページでも「3歳から父の影響で始め、小学校から本格的に競技に取り組み、中学1年でプロツアー参戦→プロ資格取得」という流れが説明されています。

中学1年でプロと聞くと、天才型の派手なストーリーを想像しがちですが、冨田選手の場合はむしろ逆です。

幼少期からコツコツ雪上時間を積み上げて、早い時期に競技者としての土台ができていたタイプなのです。

ハーフパイプはジャンプの高さや回転技だけが注目されますが、実際は助走のスピード管理、R(壁)の使い方、着地の安定性など、地味な基礎の差が得点に直結します。

中学生でプロ資格を取るには、こうした基礎を相当な精度で固めていたはずです。

冨田選手の出身は新潟県妙高市で、雪と山が近い地域です。

スノーボードが特別なレジャーではなく、生活の延長にある土地柄で育ったことが、競技力の土台になったと言えるでしょう。

冨田せなの学生時代の主な戦績と国際大会での活躍

出典:中日新聞

冨田せなさんの学生時代の戦績は、国内の枠を超えた世界基準のものばかりです。

2016-2017年頃には、WORLD ROOKIE FINALS優勝US OPEN 4位という成績を残しています。

用具メーカーの紹介記事にも主な成績として挙げられており、この時点で国際大会で評価されていたことが分かります。

ハーフパイプは採点競技であり、国際大会で評価されること自体が大きな意味を持ちます。

そして2018年、高校生で平昌オリンピック女子ハーフパイプ8位入賞を果たします。

人物紹介ページでも明記されているこの成績は、日本の女子ハーフパイプ史の文脈でも非常にインパクトが大きい出来事です。

高校生でオリンピック決勝に進み入賞するというのは、世界の大舞台の空気を体験できた貴重な経験となりました。

この経験がその後の伸びにつながり、2022年北京オリンピックでは銅メダルを獲得するまでに成長しています。

学生でありながらプロとしても戦うという二重生活は、簡単なものではありません。

翌週は定期テストなのに週末は大会で遠征、という日々を送っていたはずです。

それでも冨田選手が結果を出し続けられたのは、雪国で培った基礎力と、地元とのつながりが支えになっていたからでしょう。

母校の妙高中学校で後輩たちが寄せ書きしてエールを送ったという報道からも、勝っても負けても帰れる場所があるアスリート像が見えてきます。

まとめ

冨田せなさんの学歴は、高校が開志国際高等学校、中学が妙高市立妙高中学校です。

中学1年でJSBA公認プロ資格を取得という異例のキャリアをスタートさせ、学生期から国際舞台で結果を残してきました。

WORLD ROOKIE FINALS優勝、US OPEN 4位、そして高校生期に平昌オリンピック8位入賞と、その後の飛躍につながる実績を積み上げています。

雪国・新潟県妙高市での育ち、学生アスリートとしての日々、中学1年でのプロ資格取得、国際大会での活躍、そしてオリンピックへ。

冨田せなさんの学生時代は、競技史として読み応えのあるストーリーです。

現在は競技者として高みを目指しつつ、専門学校でコーチとして次世代にも還元する立場になっています。

これからも冨田せなさんの活躍から目が離せませんね!

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