堺雅人の学歴・出身校は?宮崎南高校から早稲田大学に進み劇団オレンジ旗揚げ

知的でユーモラス、そしてどこかミステリアス。
そんな独特の魅力を放つ俳優・堺雅人さん
『半沢直樹』や『リーガルハイ』など数々の名作で主演を務め、多くの人々の心を掴んできました。

そんな堺さんの学歴や出身校、学生時代のエピソードが気になるという方も多いのではないでしょうか?

この記事では、堺雅人さんの幼少期から大学時代、さらには学生劇団「東京オレンジ」の旗揚げまで、詳しくご紹介していきます。

“知性派俳優”と呼ばれる理由は、意外なところに隠れているかもしれません。

目次

堺雅人の幼少期と小学校時代のエピソード

出典:ナタリー

俳優・堺雅人さんは、1973年10月14日、兵庫県神戸市で誕生しました。
しかし、2歳の頃に宮崎県宮崎市へと移り住み、その後は南国の地・宮崎で育ちます。

出身小学校は、宮崎市立国富小学校
この頃から堺さんは勉強熱心で、「学業が非常に優秀だった」という証言が多く残されています。
「小学校から国立附属中学に進学した」という事実も、知的な才能が際立っていたことを裏付けています。

一方で運動はあまり得意ではなかったようで、文化系の活動に興味を持ち始めたというエピソードも。
この時期からすでに、知識・思索・表現といった方向に関心が向いていたことがうかがえます。

堺雅人の中学・高校時代に芽生えた演劇への情熱

堺雅人さんは、小学校卒業後、宮崎大学教育学部附属中学校へ進学。
この中学校は県内でも有数の進学校として知られており、入学には一定の学力が必要です。

中学時代の堺さんは、ゲーム「三國志」に夢中になったといいます。
パソコンを持つ友人宅に通い詰め、歴史に興味を抱いたという話もあり、インドアで知的好奇心の強い少年だったことがわかります。

高校は地元の名門、宮崎県立宮崎南高等学校に進学。
進学クラスに所属するなど、やはり成績優秀だったようです。
運動が苦手だったこともあり、文化系部活動を志望し、ついに演劇部への入部を決意します。

「当時の部員は先輩1人だけで部室は敷地の隅っこ。それでも演劇書を紐解いて懸命に稽古に励み、時に『いま表現したい想いを将来的に演じることができても、いまの生々しい想いは消えてしまうのではないか』と哲学的な問いを投げかけ恩師をうならせたそうです」

出典:NEWSポストセブン

堺さんは高校時代からすでに、「表現」や「演じること」に深い関心を寄せていたようで、練習中に哲学的な問いを投げかけるほど熱心に取り組んでいたとのこと。
この経験が、俳優としての基礎を育んだのは間違いないでしょう。

堺雅人の早稲田大学学生生活と学生劇団「東京オレンジ」の旗揚げ

出典:Gooブログ

高校卒業後、堺雅人さんは早稲田大学第一文学部中国文学専修に進学します。
しかし、彼の関心は学問だけではなく、演劇活動にも強く向けられていました

1992年、早稲田大学演劇研究会を母体とする劇団「東京オレンジ」の旗揚げに参加。
堺さんはそこで看板俳優として活躍し、舞台経験を積み重ねていきます。

この学生時代の演劇経験が、後の俳優としてのキャリアに大きく影響したことは言うまでもありません。
「早稲田のプリンス」とも呼ばれた堺さんは、徐々に舞台からテレビ・映画の世界へとステップアップしていきます。

最終的に大学は中退しますが、それは「俳優として生きる」ことを本気で選択した証。
夢を追い、自分の道を切り開いたその姿は、多くの人に勇気を与えてくれます。

まとめ

堺雅人さんの学歴・出身校を振り返ると、その一貫した「知性」と「表現への情熱」が際立っていることがわかります。

小学校から学業に秀でており、中学では歴史やゲームに没頭。
高校で演劇に出会い、大学では劇団を立ち上げ、人生を演技にかける決断をしました。

一見順風満帆に見える彼の歩みも、舞台から脇役を経て主演俳優になるまでには時間がかかっています。
しかし、その過程すべてが“国民的俳優”堺雅人を作り上げたと言えるでしょう。

これからも、堺雅人さんの演技や活躍が、どのような知性と経験に裏打ちされているのかを知ることで、作品の見方が変わってくるかもしれませんね。

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