GMO熊谷社長は大学卒?放送大学への入学理由と高校中退の経緯を解説!

GMOインターネットグループの創業者として知られる熊谷正寿社長。

日本を代表するIT企業の経営者ですが、どこの大学を卒業したのか気になっている人も多いのではないでしょうか。

実は、熊谷社長は國學院高校を中退した後、放送大学に入学した経歴があります。

しかし、大学を卒業したわけではありません。

なぜ高校を中退し、社会人になってから大学で学ぼうと考えたのでしょうか。

今回は、GMO熊谷社長の最終学歴や放送大学への入学理由、高校中退の経緯について詳しく紹介します。

目次

GMO熊谷社長は大学卒?最終学歴を解説

出典:産経新聞

結論からいうと、GMO熊谷社長は大学を卒業していません。

1985年に開学した放送大学に入学しましたが、在学期間満了によって除籍となっています。

また、高校も卒業していないため、最終学歴を「大学卒」や「高卒」と紹介するのは正確ではありません。

熊谷社長の学歴を整理すると、次のようになります。

  • 東中野小学校を卒業
  • 中野第三中学校を卒業
  • 國學院高等学校に首席合格するも2年次に中退
  • 1985年に放送大学へ入学し、その後除籍

特に注目したいのは、國學院高校に首席で合格していたことです。

本人によると、入学式では新入生総代としてスピーチも行いました。

それほど優秀な成績で入学したにもかかわらず、高校を途中で辞めることになったのです。

GMO熊谷社長が放送大学へ入学した理由

出典:PRESIDENT ONLINE

熊谷社長が放送大学へ入学した理由は、社会に出てから勉強の必要性を強く感じたためです。

高校中退後はアルバイトなどを経験し、18歳頃から父親の事業にも携わっていました。

20歳で結婚し、21歳で第一子が誕生するなど、若くして家庭を支える立場にもなっています。

一方、同世代の友人たちは大学生活を楽しんでおり、自分の将来に焦りを感じていたそうです。

そんなとき、新聞で放送大学が開学することを知りました。

当時の放送大学には、高校卒業資格がなくても一定の条件で学習を始められる特修生制度がありました。

熊谷社長はこの制度を利用し、1985年に放送大学の第1期生として入学しています。

本人の公式プロフィールによると、学籍番号は4番だったそうです。

入学受付に合わせて大学本部まで足を運んだというエピソードからも、学び直しへの意欲が伝わってきます。

しかし、仕事や家庭生活と大学での学習を両立するのは簡単ではありませんでした。

仕事が多忙になったこともあり、最終的には在学期間満了によって除籍となりました。

大学卒業には至りませんでしたが、その後も読書や独学によって勉強を続けてきたと語っています。

GMO熊谷社長が國學院高校を中退した経緯

出典:KIGYOKA CLUB

熊谷社長が國學院高校を中退したのは17歳のときです。

中学生時代は勉強熱心ではなかったものの、進路指導の先生から希望校への合格は難しいと言われたことが転機になりました。

悔しさをきっかけに猛勉強を始め、数カ月で学力を大きく伸ばしたそうです。

その結果、國學院高校に首席で合格するという成果を残しました。

ところが、高校入学後は勉強への意欲が次第に薄れていきました。

本人は、受験での成功によって、本気を出せば何でもできると考えるようになったと振り返っています。

その結果、成績は低下し、高校2年生になる頃には学年約600人中500番台になっていたそうです。

さらに、先生との関係が悪化したことや、自分で事業を始めたいという思いも重なり、17歳で自主退学を選びました。

担任の先生が熊谷を職員室に呼び、尋ねた。

 「熊谷はどこの高校を受けるんだ?」

 熊谷は男女共学の高校に行きたかったので、東京渋谷の「青山学院か國學院を受けようと思っています」と答えた。担任の先生は嘲笑しながら、周りの教師に同意を求めるように「熊谷が青学か國學院を受けたいそうです。受かりっこないですよね」

 その時の屈辱は今も忘れられない。

 「よ?し、今に見ておれ。必ず合格してみせる!」。担任教師の嘲笑に耐えながら、心の中でそう誓った。

 それから、5ヶ月間、熊谷は寝食を忘れて受験勉強に没頭した。家中に張り紙を張り、記憶すべき数字や文章を暗記した。そして、受験。偏差値は青学、國學院ともに変わらなかったが、競争率は國學院が低かったので、國學院を受けた。

 結果はみごと合格。4月、入学式に行くと、学長室に呼ばれ、「君は3年後東大を受験してほしい」と学長に直々励まされた。もちろん、入学式では入学生を代表して宣誓した。

 「俺が本気を出せば、こんなものだ」。熊谷は天狗になった。そして、勉強をサボった。入学して成績は急降下した。2年の半ばには600人中ほぼビリというところまで下がった。再び、教師たちの冷たい視線にさらされた。学校が嫌になった。

出典:KIGYOKA CLUB

ただし、熊谷社長は高校中退を後悔した時期があったことも明かしています。

その後は新宿のディスコでDJ見習いを経験したほか、マクドナルドでのアルバイトや父親の会社での店舗運営にも携わりました。

こうした仕事の経験を積み、1991年にはGMOの前身となる株式会社ボイスメディアを設立しています。

高校中退そのものが成功につながったのではなく、社会に出てからも学び続け、行動してきたことが重要だったといえるでしょう。

まとめ

今回は、GMO熊谷社長の大学卒業の有無や放送大学への入学理由、高校中退の経緯について紹介しました。

熊谷社長は國學院高校に首席で合格しましたが、17歳で中退しています。

その後、1985年に放送大学へ入学したものの、在学期間満了によって除籍となり、大学は卒業していません。

しかし、社会人になってからも読書や独学を続け、1991年にはGMOの前身企業を設立しました。

学歴だけでなく、その後の経験や学びへの姿勢も熊谷社長の経歴を理解する重要なポイントといえそうです。

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