俳優として映画やドラマで存在感を放っている本多力さん。
近年はドラマ出演も増え、「どんな学生時代を過ごしていたの?」「立命館大学出身って本当?」と気になる人も多いようです。
そこで今回は、本多力さんの学歴や出身校、学生時代のエピソード、さらに俳優デビューまでの経歴を詳しくまとめました。
立命館大学時代に演劇を始めたきっかけや、ヨーロッパ企画加入までの流れも紹介していきます。
本多力の学歴と出身小学校

本多力さんは1979年6月12日生まれ、京都府京都市出身です。
実家は東本願寺近くにある真宗大谷派の寺院「養蓮寺」とされています。
小学校については正式な校名は公表されていません。
そのため、京都市内の公立小学校に通っていた可能性が高いとみられています。
ただし、これは未確認情報となっています。
幼少期から演劇に触れる機会が多く、母親に連れられて小劇場へ足を運んでいたそうです。
父も母も実家が寺をしている家で、男ばかり3人兄弟の末っ子として生まれました。一人っ子として育てられた母は学生時代に、役者に憧れた時期があったのですが、(唐十郎の)状況劇場や、寺山修司さんの天井桟敷などアングラ演劇が流行していた時代。祖父は『絶対にダメだ』と許さなかったそうです。舞台に立つことはかなわなかったけれど、僕の手がかからなくなってからは、『加藤健一事務所』、『東京乾電池』、『遊◎機械/全自動シアター(2003年に解散)』などの作品を観に連れて行ってくれました。
出典:ENCOUNT
子どもの頃の学芸会では、一人芝居「じごくのそうべえ」の主役を担当。
周囲から大きな拍手を受けた経験が、俳優を意識するきっかけになったと語っています。
本多力の立命館中学・高校時代エピソード

本多力さんは、立命館中学校・高等学校へ進学しています。
1992年4月に中学校へ入学し、1998年3月に卒業しました。
立命館は中高一貫校のため、そのまま高校へ進学した形になります。
学生時代はサッカー部に所属していました。
ポジションはセンターフォワードだったそうです。
当時はツーブロックの髪型だったというエピソードも知られています。
一方で、演劇への関心も強く持っていました。
高校2年生頃、自宅の寺院で上演された一人芝居「蓮如上人物語」を鑑賞。
その公演準備に大学の演劇サークル所属者が関わっていたことを知り、「大学には演劇サークルがある」という世界に興味を持ったそうです。
この経験が、後の演劇活動につながる大きな転機になりました。
本多力の立命館大学時代と俳優デビュー経歴

力さんは1998年4月に立命館大学産業社会学部へ進学しました。
そして2002年3月に卒業しています。
大学時代に本格的に演劇活動をスタートさせました。
大学入学後は、同志社大学の演劇サークル「演劇集団Q」に参加。
そこから「ヨーロッパ企画」のメンバーに誘われ、舞台活動を本格化させていきます。
1999年にはヨーロッパ企画へ加入。
以降、劇団の主要メンバーとして多くの舞台へ出演しました。
映像作品への出演が注目されたのは2005年です。
映画「交渉人 真下正義」で映像作品デビューを果たしました。
さらに「サマータイムマシン・ブルース」にも出演し、俳優として知名度を高めていきます。
その後、2016年放送のドラマ「闇金ウシジマくん Season3」で小瀬章役を熱演。
リアルな演技力が高く評価され、本多力さんの代表作の一つとなりました。
同年にはNHK大河ドラマ「真田丸」にも出演しています。
さらに2022年には、ムロツヨシさんが所属する事務所「ash&A」へ移籍。
映画「四畳半タイムマシンブルース」では声優にも挑戦しました。
舞台だけでなく、映画・ドラマ・アニメまで活躍の幅を広げています。
まとめ
今回は、本多力さんの学歴や出身校、学生時代エピソードについてまとめました。
立命館中学・高校から立命館大学へ進学し、大学時代に演劇活動を本格的に開始していたことがわかりました。
また、同志社大学の演劇サークル参加やヨーロッパ企画加入など、現在の俳優活動につながる重要な経験を積んでいたようです。
学生時代の経験が、本多力さん独特の演技力や存在感につながっているのかもしれません。
今後のドラマや映画での活躍にも注目していきたいですね。

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