スノーボード・ハーフパイプで世界のトップを争う戸塚優斗選手。
2歳からスノーボードを始め、10代で世界の舞台へ駆け上がった彼の学生時代は、どのようなものだったのでしょうか?
この記事では、戸塚優斗選手の学歴を小学校から大学まで詳しく紹介します。
地元横浜の公立校で育ちながら、世界を転戦する学生アスリートとして成長した軌跡をぜひご覧ください!
戸塚優斗の学歴一覧|小学校から大学まで

戸塚優斗選手の出身校は、公式情報や報道で次のように確認されています。
小学校は横浜市立市沢小学校、中学校は横浜市立西谷中学校です。
高校は私立光明学園相模原高等学校へ進学し、現在は日本体育大学体育学部体育学科に在学中です。
地域紙やJOCの選手プロフィールでも、これらの学校名が明記されています。
横浜の公立校で育ち、私立高校を経て体育系大学へ進むという、競技と学業を両立させる王道ルートを歩んでいます。
それぞれの学校時代に、どのような実績を残してきたのでしょうか?
戸塚優斗の小学校・中学校時代|横浜の公立校で競技の土台を築く

戸塚選手が通った横浜市立市沢小学校時代、すでにスノーボードへの情熱は本物でした。
母の影響で2歳から滑り始め、小学3年生の頃にハーフパイプの練習にのめり込んでいきます。
さらに驚くべきは、小学校高学年でJSBAの公認プロ資格を取得したという事実です。
小学生時代はアイスホッケー、サーフィン、トランポリンなど多競技を経験していました。
この多様な身体づくりが、空中姿勢の制御や恐怖への耐性など、ハーフパイプに必要な要素へとつながっていきます。
中学校は横浜市立西谷中学校へ進学。
ここで戸塚選手の実績は一気に全国区へと駆け上がります。
2016年と2017年に全日本ジュニア選手権で優勝し、2017年3月には中学生で全日本選手権を制覇しました。
中学生で全日本の頂点に立つというのは、単なる早熟ではありません。
技術の完成度と勝負度胸が、すでに世界水準へ近づいていたことを意味します。
SAJの競技データバンクにも、ジュニア期の大会で上位入賞した記録が残っています。
戸塚優斗の高校・大学時代|光明学園相模原高校から日体大へ、世界を転戦する学生アスリート

高校は私立光明学園相模原高等学校へ進学しました。
そして高校1年時点で、すでに世界が注目する存在へと成長します。
16歳でニュージーランドのW杯第1戦に優勝し、一気に有名になりました。
地域ニュースでは「光明学園相模原高校1年」として紹介され、取材が殺到したそうです。
本人は「注目されるのは嬉しいけれど、慣れていないので恥ずかしい」と苦笑いしていたとのこと。
一気に有名になった高校生のリアルな姿が伝わってきます。
「怖さは感じない」。ボードを巧みに操ってスピードに乗り、空中で次々と繰り出す技とその高さは世界を驚かせた。ワールドカップ(W杯)、スノーボード・ハーフパイプ第1戦で初優勝。帰国と同時にメディアの取材が殺到し、「注目されるのは嬉しいけれど、慣れていないので恥ずかしい」と苦笑い。スノボが大好きな高校1年の少年は、一躍時の人となった。
出典:タウンニュース
さらに16歳で平昌オリンピックに出場。
JOCのプロフィールにも、平昌2018と北京2022の冬季五輪出場が明記されています。
地域紙では、選手村で仲の良い選手たちと夜にゲームをして過ごしたというエピソードも紹介されています。
世界最高峰の緊張感の中でも、選手村で「いつもの自分」を保てることは重要です。
同世代の仲間と過ごす時間が、遠征続きの生活を支える回復装置になっていたのかもしれません。
大学は日本体育大学体育学部体育学科へ進学しました。
JOCのプロフィールや日体大の公式ページでも、在学情報が掲載されています。
日体大ニュースでは「学友会スキー部(スノーボード)の戸塚優斗選手(体育学部2年)」として活動報告されています。
体育系大学での学びは、競技のための「再現性」を高めます。
ハーフパイプは感覚のスポーツに見えて、実際はフィジカル、コンディショニング、映像分析、心理、栄養などの積み重ねで勝負が決まります。
大学での学びが、こうした要素を言語化し、再現可能なルーティンへ落とし込む助けになっているのです。
まとめ
戸塚優斗選手の学歴を追うと、競技人生のステップと一致していることがわかります。
横浜の公立校で育ち、光明学園相模原高校で一気に世界へ跳ね、日体大で競技と学びを同時に深めています。
学生時代の実績は、ジュニアで勝ち切る力から全日本制覇、そして10代でのW杯優勝・五輪出場へと直線的につながっています。
地元で育ちながら世界を転戦する学生アスリートとして、これからも戸塚選手の活躍から目が離せません!

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