読売新聞の特別編集委員として、またテレビの政治解説者として活躍する橋本五郎さん。
その鋭い分析力と温かい人間観察眼は、どのような学生時代を経て培われたのでしょうか。
この記事では、橋本五郎さんの学歴と出身校、そして記者を志した原点となるエピソードについて詳しく解説します。
橋本五郎の学歴|秋田高校・慶應義塾大学法学部政治学科を卒業

橋本五郎さんの学歴は以下の通りです。
出身高校は秋田県立秋田高等学校、出身大学は慶應義塾大学法学部政治学科です。
1970年に慶應義塾大学を卒業し、同年読売新聞社に入社しています。
秋田高校は秋田県内でも伝統ある進学校として知られています。
また、慶應義塾大学法学部政治学科という学歴は、後の政治記者としてのキャリアと深く結びついています。
ただし、橋本さん自身が語るところによれば、学歴以上に重要だったのは学生時代に受けた「教え」や「問い」だったようです。
入社後は浜松支局からキャリアをスタートし、1975年に本社社会部、1976年に政治部へと異動しています。
その後、政治部次長、論説委員、政治部長、編集局次長を歴任し、現在は特別編集委員として活躍しています。
1999年3月から読売新聞グループ本社傘下である日本テレビの『ジパングあさ6』、『ズームイン!!朝!』にコメンテーターとしてレギュラー出演し、以降NNN系列の報道番組に出演。2001年2月、編集委員を担当、2006年12月から特別編集委員に就任。
出典:ウィキペディア
秋田高校時代に受けた「汝、何のためにそこにありや」という問いが橋本五郎の記者人生の背骨に

橋本五郎さんが秋田高校の入学式で校長から投げかけられた言葉があります。
それは「汝、何のためにそこにありや」という根源的な問いでした。
この問いは、橋本さんの記者人生を通じて、ブレない軸として機能し続けたと本人が語っています。
秋田高校時代、橋本さんは運動会や秋高祭などの学校行事に参加し、多くの個性豊かな友人と出会いました。
また、生徒会誌や文集、社会部誌などの編集活動にも携わっていたそうです。
この「書く・まとめる・伝える」という経験が、後の新聞記者としての基礎体力につながった可能性があります。
政治の中枢を取材する記者として、権力の近くに立つことも多かった橋本さん。
しかし、「自分は何のためにそこにいるのか」という問いが、常に自分を律する背骨となっていたのです。
この姿勢こそが、橋本さんが長年にわたって信頼される政治記者であり続けた理由の一つと言えるでしょう。
中学2年でケネディ演説に衝撃を受け新聞記者を志す橋本五郎

橋本五郎さんが新聞記者を志したのは、実は大学時代ではなく中学2年のときでした。
きっかけは、ジョン・F・ケネディ大統領の就任演説です。
地方の中学生だった橋本さんにとって、この演説は大きな衝撃だったと語っています。
ケネディが信頼した記者の存在を知り、「新聞記者はすごい」と感じたこと。
さらにベトナム戦争が激しくなる中で、多くの記者が「ベトナムに和平を」と筆を振るう姿に憧れを抱いたこと。
こうした経験が、橋本さんの記者志望を固めていきました。
注目すべきは、橋本さんの憧れが職業の華やかさではなく、社会の「なぜ」に迫る役割や、声を持ちにくい人の代弁という記者の機能に向いていた点です。
橋本さん自身、「記者の役割はこの世の『なぜ』に答える素材を提供すること」と述べています。
この中学時代の原体験が、その後の記者人生の原点となったのです。
まとめ
橋本五郎さんの学歴は、秋田県立秋田高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科です。
しかし、橋本さんの人物像を形作ったのは、学校名そのものよりも、学生時代に受けた「問い」や「教え」でした。
秋田高校で投げかけられた「汝、何のためにそこにありや」という問いは、記者人生の背骨となりました。
また、中学2年で受けたケネディ演説の衝撃が、新聞記者を志す原点となっています。
学歴という枠を超えて、学び続け、問い続ける姿勢こそが、橋本五郎さんという政治記者を形作ってきたのです。

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